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苦しみや哀しみと闘う人々へ 〜 生きる

■ KURUKANA メールマガジン 〜 Back Number ■



No.000  No.001  No.002  No.003

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 創刊号 [No.001]     題名: 創刊にあたって[2002.01.01配信]
[KURUKANA WEB: http://ikiru.cool.ne.jp/]     - 12/31更新


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         悲しみや苦しみと闘う人々へ - 生きる
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■ 目次

  1.[挨拶] 創刊にあたって - KURUKANA の想い
  2.[言霊] 求心力 - ココロ ヒキツケル チカラ
  3.[連載] Mind Journey - 白血病発症、そして

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■ [挨拶] 創刊にあたって - KURUKANA の想い


 哀しみや苦しみと闘う人々へ - 生きる。

 この想いは、僕、花田久成(はなだひさなり)が見付け感じた想いから始まっています。
 僕は19才になる病気療養中のものです。16才の時に発症し、今はもう闘病を始めてから3年を過ぎました。僕の病気は白血病といわれる種類の血液の病気です。闘病を続ける中で、3年の間僕は色々な事柄に苦悩し、悩み、散々道に迷ってきました。多くの場合、それは現実に直面する死との対峙の中から産まれる葛藤です。単なる葛藤ではなく、それが現実に迫ろうとしていた局面も多々あります。死との闘争に絶え間はありません。けれども、今もこうして僕が生きていられるのは、僕を支えてくれる家族と、僕を取り巻く周囲の人たちの支えでした。そしてもちろん、自身の心で前へ歩もうとする“心”。

 闘病でもっとも大切なのは人と人との繋がりです。それは心の面であったり物の面であったり、物心両面において自分以外の多くの人との関わり合いがなければ生きてはゆけません。それは家族であったり、親しい友人であったり、病院のスタッフたちであったり。それら患者を取り巻く多くの方々の支えなしには、患者は闘病を続けることは到底できません。物の面においてもそうですが、特に、心の面においてそれは計り知れない力を与えてくれます。その中でもその存在を改めて強く実感するのは、多くの場合、家族です。どんなに強い人間であろうとも、人が人である限りは、誰しもが独りでは闘い抜けないでしょう。人は、独りで生きているわけではないのですから。

 時に厳しく、時に辛く、時に裏切られ、時に傷つき。人と人との係わり合いは、必ずしも良い想いだけを産むものではありません。けれども、人と人との係わり合いなくして、人は生きてゆくことはできません。なぜなら、人と人とはそれぞれに影響し合って生きているのですから。楽しみにおいても、苦しみにおいてもです。喜びにおいても、悲しみにおいてもです。

 僕が幸せであったことといえば、僕は決して独りではなかったこと。友人の患者たちに囲まれ、病院のスタッフたちに囲まれ、そして、家族の愛に囲まれ。何時も、僕は独りではなかった。程度の差はあれど何かしらの愛に包まれ、その中で生きてこれた。そしてそれを、自身の中で感じ続けて生きてこれた。これが幸福でなくて、いったい何なのでしょうか。

 いちばん哀しいことは、自分は独りなのだと心の殻に閉じ篭ってしまうこと。自分の殻の中に、自分の心の中に、自らドアを閉ざして閉じ篭もってしまうこと。自分ひとりが辛いのだと信じ続け念じ続けて、その辛さがやがて本当のものになってしまう。果たして、本当にあなた独りだけが辛いのだろうか。

 それは、必ず違う。
 苦しみや哀しみと闘っているのは、決して、あなた独りだけじゃない――。

 だから、もう少しだけ、あと少しだけ、前を向いて、歩けるはず。
 辛く悲しく、死にたくなったり、生きることに疲れたりするのは決してあなた独りじゃだけじゃない。
 だったら、そんなみんなで少しずつ想いを出し合って、知恵を出し合って前へ進もうとすることは、悪いことではないはず。

 ここが、少しでも、“想い”の行きかう場であることを願って――。


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■ [言霊] 求心力 - ココロ ヒキツケル チカラ


「求心力」っていうのはとても大切な心ですよね。広辞苑によると、「求心力」とは“物体が円運動をする時、この円の中心に向かって物体に働く力。求心力。中心力。[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]”とあります。つまり物体の運動を表す言葉であって、人の心の動きを表す言葉ではないのですね。しかし、僕はこれを人の心の動きを表す言葉として使うときがあります。

 これもまた広辞苑に語義をひくと、「求」とは“きゅう【求】キウ(呉音はグ) (1)もとめ望むこと。「求婚・要求」(2)さがしもとめること。「求職・探求・欣求ごんぐ」[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]”とあります。つまり、「求」とは求め望む心を表しているのですね。以上のことを踏まえ、僕は心の「エネルギー」となりうる力を、「求心力」と呼べるのだと思います。

 あなたの求心力は何ですか。僕の求心力は、僕の見る“夢”です。


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■ [連載] Mind Journey - 白血病発症、そして


 1998年12月02日。人生の転機。
 今にして思えば、少し、早過ぎたか。

 1ヶ月以上も原因不明の熱が続いていた。昼間はなんということもないのだが夜になったら必ずといっていいほど発熱した。たいがい夜になると熱は39.0部を越えたが、身体はそれほど辛いということもなかった。ただ、どうしようもなく怠かったというのを憶えている。学校へ登る軽い坂を歩くときでさえ身体が思うように動かなかった。今から振り返れば、そのときすでに白血病は発症していたからだ。

 長い間原因の分からない発熱が続いたので、掛かり付けの街のお医者さんが血液検査をしようといってきた。すでに風邪か何かの症状ということで2,3週間通院してからのことであった。後から聞いた話だが、前にも僕とよく似た症状の患者を何人か診たことがあるそうだった。そしてその患者はいずれも血液疾患であったらしい。しばらく後に「まさかと思って調べてみた」と両親が医師からいわれたそうだ。僕はその話を両親よりずっと後から聞いた。
 今更ながらに思う。この病気はできるだけ早期の発見が最初の局面において重要な意味をなしてくる。それはたいがいどの病気についても同じだとも思う。僕の場合はわりあい早期に発見していただいた。掛かり付けであったF医院のF先生に心から感謝する。発見が遅れていれば今頃どうなっていたであろうか。それを考えると今でも気が重くなる。

 F医院での採血の結果がでた後すぐに緊急入院をするように求められた。たしか、採血をした翌日か翌々日の出来事であったと思う。その知らせを両親から聴いた僕はとても動揺したのを憶えている。最初のうちはあまり実感がわかなかったが徐々に実感がわいてきた。徐々に実感がわいてくるにつれて得体の知れない不安感も募った。今までは自分はまったくといっていいほど入院経験がなかった。たいした怪我も病気もしたことがなかった。骨折すらろくにしたことがない健康優良児だった。何より採血の直後に理由も解らず緊急入院を告げられたことが、僕の不安感と得体の知れないものへの恐怖心を余計に募らせた。しばらくして、気分を落ち着かせてから当時親しかった友人だけに電話をかけた。最初のうちは冷静を装って、自分の中でも何とか不安と恐怖を押さえようとしていた。しかしどうしても言い知れぬ不安感は抑えきれなかった。友人としばらく話し込んでいるうちにどうしても涙が零れてきた。自分はこれからいったいどうなるのだろうかと。そんなにすぐに緊急入院が必要な病とはいったい何なのだろうかと。自分は妙な病だったらどうすればいいのか。言い知れぬ不安と得体の知れないものへの恐怖だけが、ただ、広がっていった。

 不安の中で夜が明けた。当日のうちにも緊急入院をしなければならない。家族の前では平静を振る舞っていた。できるだけ家族に余計な不安を与えたくなかったし、僕も強がっていた。不安感が消えるはずもなかったが、そのうち少し楽観的に考えられるようになっていた。「まさかそんなに妙な病でもないだろう」という思いが徐々に自分の中でも広がっていった。「今まで盲腸すらしたことがない」といった類の根拠のない自信や、持ち合わせた気性が何となくそんな心境にさせていた。

 続・以降


 付記:最近の様子

 もう病院に入院してからおおかた40月が経とうとしています。その前にも10日ほど一時退院していて、それ以前も入院したり退院したりしていました。基本的に一時退院と入院との繰り返しです。これをずっと3年の間続けてきました。始めここにきた頃は僕も16だったから、今から比べてもずいぶんと幼かった。その僕ももうじき二十歳になる。月日が経つの早いものなのか、はたまた、僕が時の流れからとり遺されたのか。
 以前はよくそう思っていました。自分は病気によって社会から取り残されてしまったのだと。周りの友人はどんどん進級し進学してゆく中にあって、取り残された自分はいつまで経ってもあのときのままなのだ。社会とは身の回りの友人だけでなく、世の中の人たちは毎日毎日働くか勉学に励んでいるにもかかわらず、自分は何もしていない。自分だけ何の進歩もしていない。何かをしようと思っても、病気の治療を最優先しなければならないしそれもままならない。責めて何かできることを見つけたとしても、病院と1日たりとも縁の切れない日々ではたいしたことはできない。ただ、焦燥感だけがひたすらに募る。そんな日が続いた。  いつ頃だろうか。そんな自分でも少しだけ自信がもて始めるようになったのは。


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〔 編 集 後 記 〕 =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


 新年明けましておめでとうございます
  本年が どうかあなた様にとってよいお歳でありますよう
          謹んでお祈り申し上げます

             平成14年元旦


 初めまして。いよいよ発行開始です。以後力の続く限りよろしくお願いいたします。KURUKANA メールマガジンが、ほんのわずかながらでもあなたの心の糧になり得ますように。ただ、それだけを願っています。
 とても嬉しく、そしてありがたいことに、さっそく何通かお便りをいただきました。とてもありがとうございました。遅れながらでも返事をいたしますので、今しばらくお待ちくださいますと幸いです。基本的に花田の体調優先で発行されていますので、発行周期やお返事が不規則になったりします。こちらの勝手を申しますが、どうかご理解くださいませ。

 あなたにとって、何か少しでも、心のお力になり得ますように――。
 次の若葉のための、栄養となり得ますように――。

 さて、今も例によって無菌室からお届けしています。無菌室にいるとどうにも正月という気がほとんどしません。無菌室で過ごす正月はこれで3度目くらいかな。無菌室といってもみなさんにはほとんど馴染みがないと思います。ひょっとするとどんな所か想像することすら難しいのでは。そんな風に思いまして、近々無菌室内をみなさんにご紹介してみたいと思っています。10万回人生があって1度入るか入らないかくらいの割合です。なかなかそう見られるものではありませんから、以外に貴重かも。
 いかがでしょうか。


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