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生きる 〜 苦しみや哀しみと闘う人々へ 〜 ■ あなたに届くかもしれない [短編メッセージ集] ■ | ||
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No.001 No.002 No.003 No.004 No.005 No.006 No.007 No.008 |
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No. 008 件名: 脳天気と明るいは違う 抜粋: 以前ある方から『なぜ君はそんなに明るいのだ』といわれたことがあります。ある方というよりも、これはとても多くの人からいわれることです。そういう時には大概“性格だから”と適当に応えます。それはある面においては正しいです。自分は実に得な性格を母から譲り受けたのだと思います。母も僕のようにとても明るい性格です。僕の性格は母譲りです。 しかしその応え方は、多くの面において誤りです。本当に“性格だから”こんな心境でいられるのでしたら、恐らくその人は並大抵の神経の持ち主ではないでしょう。しかしそれは大抵、悪い意味において使われる言葉だと思います。“明るい”と“能天気”は、明確に別のものです。 ▼ 記事を読む |
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No. 007 件名: 修羅の如く 抜粋: 担当の若い先生の一言。「花田君、これは今回は退院できるかどうか解らんわ」。『先生、それは永遠に退院できるかどうか解らんということですか?』。「……そうや」。そして僕の言葉、『必ず生きて退院しますよ』。 修羅の如く。今の僕にはちょうどいい言葉かもしれない。前にも何度も書いたように、僕は僕の愛する者の幸せを護るために生きる。そして僕の愛する者の幸せを護るということは、それは即ち、僕が死なないということ。僕がこれから何をし何に挑むかは、もう何等迷う所ではない。 ▼ 記事を読む |
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No. 006 件名: 秋桜 抜粋: 春に咲く桜は毎年儚く散りゆきますが、また次の年がくれば必ず咲きますね。一見儚く見える春の桜ですが、実は毎年々々同じように花を咲かせます。ですから、春の桜はむしろ図太いといとさえ感じますね。儚い儚いといいつつも、彼らは毎年きっちり咲いているのですから。桜の季節になるときまって患者同士でこんな話をしました。『桜は散っても次の年がくれば必ずまた咲けるから、いいよね』って。 ▼ 記事を読む |
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No. 005 件名: 何時も夢ばかりみている 抜粋: 何時も夢ばかりみている。夢を見るのは楽しい。夢がなければ生きてはゆけない。もしかしたら、僕は夢を食べて生きているのかもしれない。 僕にとって夢とは、生きるための活力であり、“人生の指針”です。人生というこの暗闇に覆われた大海原で、今時分のいる位置を示してくれ、これから自分が進むべき道を照らしだしてくれる、“人生の灯台”です。だから僕は今もこうして、自分の道を進むことができる。時に迷うことはある。けれども、見失うことはない。でも当然嵐は幾度となくやってきて、その度に転覆しそうになることもある。 ▼ 記事を読む |
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No. 004 件名: 秋の香り 抜粋: 蝉(せみ)は地中に這い出てから僅か1週間ばかりの生涯を遂げます。それまでの永い々々8年もの歳月の間、蝉はひたすらに地中の中で大空を仰ぐその時を待ちます。天空を仰ぎ見るその瞬間を、ひたすらに待ち侘びて生きるのでしょう。そうしてやっと蝉の永い々々夢が叶えられたかと思えば、僅か1週間ばかりの大気の中での生涯を遂げる。この蝉の生き方を“儚い”と想うか、それとも“きれい”と思うかは、それは人によって様々なでしょう。そしてそれは恐らく、その人の人生観そのものと関わってくるのではないでしょうか。 ▼ 記事を読む |
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No. 003 件名: 残されたものとして 抜粋: 刑事(ケージ)は今月の5日か6日に亡くなりました。前にも話をさせていただきました。9日が誕生日でした。 それと同じ時期に、僕の親しかった人がもうひとり逝ってしまいました。シホさんという方です。六つになるひとり息子がいて、その子がよく病院で遊んでいました。お母さんが病気だったので、何時もおばあちゃんと病院のラウンジ(休憩室)で遊んでいました。その姿も、今はもう見られません。 ▼ 記事を読む |
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No. 002 件名: 救われたのかな 抜粋: ケージの最期は恋人に見護られて、大して苦しむこともなく逝ったそうです。そしてケージの職場の友人たちもたくさん駆け付けてくれたそうです。ケージの恋人は、ケージの病状が悪くなってからは仕事も辞めて、ずっとケージに付き添っていました。恋人というよりかは、彼女はケージにとっての心の奥さんのように僕には感じられました。また、今にしてもそう想いたい。ケージはよく冗談交じりに、不安混じりにこんなことをいっていました。『わしもこんな病気になったけぇ、いつ捨てられるか分からんわ』と。そう言う時のケージは何時も哀しそうに笑いながら、冗談交じりしてしてしまおうとしていました。 ▼ 記事を読む |
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No. 001 件名: 生きる 〜 苦しみや悲しみと闘う人々へ 〜 抜粋: 苦しみや悲しみと闘争するのは、あくまでも本人です。しかし、その生きることへの闘争の中で、苦しみや悲しみを乗り越えるための闘争の中で、決して周囲の果たす役割は小さくはありません。それは家族や友人といったごく親しい人たちの存在であったり、医師や病院のスタッフであったり、カウンセラーなどの専門の方々もこの範疇に入るでしょう。この際に周囲の人間も本人とは別の位置で闘っているのを見落としてはなりません。 ▼ 記事を読む |
■ 諸情報 ■ |
★ KURUKANA メーリングリストに寄稿された文章です ★ | このコンテンツは KURUKANA メーリングリストに寄稿されたメッセージを再構成してみなさまにお届けしています。原文そのものの意味を損なうことのない範囲内で、よりコンテンツとして読み易くなるように加筆・修正してお届けしております。したがって、メーリングリストに寄稿された原文と異なる箇所があることをご了承くださいませ。 |
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